27年吸っても、加熱式たばこではやめられなかった

冷めた紅茶のそばに置かれた加熱式たばこ端末と使用済みスティック

夜明け前、充電器の白いランプが点いていた。私は靴下のまま台所に立ち、やかんが沸くのを待ちながら、もう加熱式スティックに手を伸ばしていた。雨が窓をたたいていた。妻はまだ眠っていた。私がようやくやめる5年前、あの光景がすべてを物語っていた。私は、お茶より先に、夜明けより先に、ほとんど考える前にたばこを吸うやり方を見つけてしまっていた。

私が切り替えたのは、その約束がもっともらしく聞こえたからだ。においが少ない。灰が少ない。指先やカーテンにつく、あの古くて汚れた感じも少ない。そのころには、私はもう何十年も吸っていたし、散らかることにも、外に出ることにも、紙巻きたばこがまだ特別な何かをくれるふりをすることにも、うんざりしていた。加熱式たばこは、同じ生活を少しきれいにしただけのものに見えた。私の頭の中では、紙巻きたばこの代わりにIQOSを選ぶのは、分別のある男がする妥協に思えた。

進歩に思えた理由

紙巻きたばこは、昔は一日の流れを中断するものだった。箱、ライター、灰皿、ベランダや玄関口まで出ることは、自分が何をしているかを人前に小さく告白するようなものだった。気高いものではまったくなかったが、そこには確かに抵抗があった。儀式は見えていた。

新しい機器は、見苦しい部分を取り除いた。無害そうなガジェットのようにカウンターに置かれていた。充電器は差しっぱなしだった。スティックは整った小さな箱に入っていた。職場では、以前のように喫煙休憩に合わせて一日を組み立てる必要がなかった。車の中では、灰を払うこともなかった。家でも、1時間後にそのにおいが鼻を突くことはなかった。

それが誘惑だった。劇的に何かが変わったわけではないから、私はそれを改善だと呼んだ。

習慣が静かになったように見えたから、自分は正しい方向に進んでいるのだと言い聞かせた。禁煙しているとは呼ばなかった。そこまで楽観的ではなかった。でも進歩とは呼んだ。その言葉で、かなり多くをごまかせた。

実際に変わったこと

最悪のころは、1日に40本ほど吸っていた。加熱式スティックは、その生活を清潔で管理されたものには変えなかった。境界をあいまいにしただけだ。メールが読み込まれるのを待つ間、やかんが沸くのを待つ間、車を降りる前、食事のあと。以前なら空白のままだった瞬間に、私は決めるまでもなくニコチンへ手を伸ばすようになった。

紙巻きたばこは、かつて自分の存在を意識させた。加熱式スティックは、私を日常の中に半分隠れたままにしてくれた。

だから私は、以前よりも多く吸うようになった。機器そのものに劇的な力があったからではない。習慣の正体をあらわにしていた小さな抵抗を弱めたからだ。煙は、自分の存在をはっきり知らせていた。この新しい形は、ささやくようにしか伝えなかった。だから依存は、職場にも、台所にも、夜更けに腰を下ろすいつもの椅子にも、ひとつの作業と次の作業のあいだの30秒のすき間にも、もっと簡単に持ち込めた。

すぐに、あちこちに痕跡が出た。テーブルの上の充電器。コートのポケットに入れた予備のパック。使用済みスティックを流しのそばのマグカップに入れたままにしていたのは、ゴミ箱まで持っていくのが面倒だったからだ。妻と私は、大人になってからのほとんどの年月を一緒に吸ってきたが、今では家でさえ、たばこを吸う場所というより、気づかないふりを中心に作られた場所のように見えた。

見えない代償

私の記憶に残った場面は、医者からの説教でも、検査結果の脅しでもなかった。もっと小さなものだった。

ある日曜の朝、充電器と、空になったスティックの箱と、冷めた紅茶がカウンターの上に、塩と砂糖みたいにきれいに並んでいるのを見た。その機器は、台所の道具になっていた。そのとき、私の中で何かがひっくり返った。紙巻きたばこは見苦しかったが、少なくとも私はそれをありふれた家の道具だと勘違いしたことは一度もない。ところがこの機器は、その警報をすり抜けていた。

私はこう思ったのを覚えている。これで自由になったわけではない。習慣を自分から隠しやすくしただけだ。

それが、安全に見える約束に隠れていた代償だった。私は相変わらず同じループに餌をやっていた。ニコチンを中心に一日を組み立てていた。あの古い依存を、部屋から部屋へと運び続けていた。ただ今度は、においも儀式も少なくなっていた。わなはゆるんでなどいなかった。ただ、もっと行儀がよくなっただけだ。

加熱式たばこが私の禁煙を助けなかったのは、私に新しいことを何も求めなかったからだ。ニコチンも、反射も、退屈やストレスから抜け出すためのひそかな逃げ道も、そのまま持ち続けさせてくれた。そして、それがテーブルの上で清潔に見えるというだけで、全体を進歩と呼ばせた。

私はこれを、ある機器への説教として書いているのではない。なぜ切り替えたのかも、私はよくわかっている。27年も吸っていれば、小さな楽さが知恵のように感じられるものだ。私にわかっているのは、自分の人生で何が起きたかだけだ。習慣はもっと静かなスーツに着替え、私はそのスーツを何年も着ていた。

その朝が私に計画をくれたわけではない。ただ、きれいに見える習慣ほど同じ古いわなを隠しているのだと教えてくれただけだ。そして、わなをはっきり見つめることから別の道が始まる。

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