喫煙はストレスを減らすのか? いいえ、むしろ育ててしまう

「気持ちを落ち着かせる」と思わせる一本は、喫煙につきもののもっとも古い嘘のひとつです。すぐに楽になるから、本当の安らぎと見間違えやすいのです。
神話1: たばこはストレスを取り除く
取り除いているのではありません。離脱症状をいったん止めているだけです。
ニコチンは脳にドーパミンを流し込み、脳はその近道を覚えます。やがてニコチン量が下がると、同じ脳が次の補正を求め始めます。その落ち込みは、張りつめた感じ、いらだち、落ち着かなさ、日常の上に薄くかかった警報のような感覚として現れます。一本吸うと、その警報は数分だけ和らぎます。人はそれを落ち着きと呼びます。でもそれは、前の一本が作り出した問題が終わっただけです。
安定した神経系は、絶え間ない補正を必要としません。依存している神経系は必要とします。その違いは、煙や椅子や外での5分休憩よりずっと大事です。
だからこそ、「喫煙はストレスを減らすのか」という検索は何度も戻ってきます。内側から見ると、その問いはもっともらしく感じられます。体はこわばり、手は伸び、煙が入ると圧力は下がる。けれど、その低下は自由ではありません。ループが一瞬閉じるだけです。
神話2: 原因はストレスで、喫煙が治療になる
本物のストレスはあります。締め切りもあります。家族の負担もあります。職場で長く続く午後もあります。喫煙はそんな場面にすっと入り込み、手柄だけを持っていきます。
私はそれを、何年もそのまま信じていました。19歳で吸い始め、27年吸っていました。最悪の時期には、1日40本ほどでした。オフィスには机があり、窓があり、フォルダの上にはコーヒーのしみがあり、正午になるころにはいつもいっぱいに見える灰皿がありました。きつい電話が終わると、まるで一本が何かを解決したかのように立ち上がっていました。でも、電話は何も解決していません。その会話のあいだずっと高まっていた離脱症状が、ただ終わっただけです。
人がストレス解消のために喫煙を考えるときに見落としやすいのは、ここです。たばこは緊張のあとにやって来るので、救世主のように見間違えられます。実際には、たばこと不安は互いを強め合います。ニコチンが次の落ち込みを作り、その落ち込みが切迫感を生む。切迫感はストレスという名前を借り、たばこが答え役として前に出るのです。
神話3: たばこが落ち着かせてくれないなら、やめたら無防備になる
この神話が残るのは、最初の二つがそれを育てるからです。たばこがブレーキペダルなら、それなしの生活は無謀に聞こえます。
でも、その話を支える現実はありません。意思の力だけで成功するのはごく少数です。ニコチン代替の手段は、その先にあります。薬はさらにその先です。いちばん強い組み合わせでも、届くのは半分にも満たない範囲です。それは、人が弱いと言っているのではありません。ふつうの助言では、多くの人に必要な道具が足りないと言っているのです。そして、つらさが戻ってきたときにその人を責めているのです。
J. Freeman は、そのことを痛いほど学びました。鍼治療、催眠、パッチ、アレン・カーの本、ハーブたばこ、タイマーのルールまで試しても、もう一度「意志が足りない」という説教を受ける必要はありませんでした。必要だったのは、たばこがずっと何をしてきたのかを、もっと筋の通った言葉で説明することでした。ストレスという説明が崩れると、習慣は安らぎというより、同じ人にばかり請求書を送り続ける仕組みに見えてきます。
この大きな流れが大事です。喫煙は、穏やかな生活に入り込んでそれをよくするものではありません。表面を荒らし、そのうえで短いひと息を救いのように売ります。神話が生き残るのは、そのひと息が本物だからです。抜け落ちているのは、緊張がどこから来たのかという部分です。
ループに気づくことは、それを断ち切ることと同じではありません。でも、そこから魔法は弱まり始めます。いつかさらに読みたくなったら、J. Freeman のガイドには、穏やかに進むための道が載っています。


